河原温(かわら・おん/1932–2014)は、戦後日本の美術史において、最も国際的評価を受けたコンセプチュアル・アートの先駆者です。「何も描かないこと」「存在しないこと」——それ自体を徹底的に突き詰めた彼の作品群は、欧米のミニマリズムと観念芸術に接続しながら、無常観や不在の美学を静かに映し出します。
彼は、絵を描くことから離れ、「日付を書く」「ハガキを送り続ける」「何もしないことを記録する」ことで、現代美術に新たな“空白の意味”を刻み込みました。
1932年 静岡県に生まれ、東京で育つ
1950年代:東京藝術大学で絵画を学び、具象的な絵画作品を発表
1960年代前半:ニューヨークへ渡り、アメリカのミニマリズムやフルクサスの影響を受ける
1966年:作品《Todayシリーズ》を開始(その日の日付だけを描く絵画)
1968–79年:毎朝「I GOT UP AT(起床時刻)」を記したハガキを世界各地から2名に送り続ける
1990〜2000年代:世界の美術館で回顧展多数。ヨーロッパで“沈黙の巨匠”とされる
2014年 死去。葬儀の場所や詳細も非公開とされた
「徹底して自分を消すことで、逆説的に“時間の痕跡”が立ち上がる」——それが河原温の作品の本質と言えるでしょう。
河原温の作品は、すべて「行為そのもの」「継続そのもの」が作品となっているのが特徴です。
①《Today シリーズ》(1966年〜)
その日の日付だけを描く絵画作品。白地に黒い日付文字。制作した日だけに制作し、バックデートは不可。
→ ミニマリズムと写経的行為の結合。
②《I GOT UP》(1968–1979)
毎朝起床時間(例:I GOT UP AT 7:32 A.M.)をタイプしたハガキを他者へ送る。
→「生活の証明」「匿名の記録」「通信の儀式」。
③《I MET》《I WENT》
1日に誰と会ったか、どこへ行ったかを簡潔にタイプ。日々の軌跡が構造的に可視化される。
④《One Million Years》
過去100万年、未来100万年の日付をタイプし続けた書物作品。死と永遠の境界を問い直す試み。
これらの作品は、「意味の空白」を創出しつつ、極限まで自己の輪郭を消すことで、「人間の存在性」そのものを問う哲学的行為といえます。
河原温の作品は国際市場で高く評価されており、特にTodayシリーズや初期ハガキ作品は数千万円規模で取引されます。
《Today》(60年代):3000万〜1億円超(希少性・美術館出品歴あり)
《I GOT UP》(1960〜70年代葉書セット):1000万〜4000万円(内容や送付先により変動)
《One Million Years》(限定書籍):200万〜1000万円
ドキュメント写真、版画、関連書籍:数十万〜数百万円(エディションや署名の有無で変動)
特に、MoMA(ニューヨーク近代美術館)やポンピドゥー・センターなどへの収蔵歴がある作品は非常に評価が高く、国内外のアートファン・投資家の関心を集めています。
河原温が語ることはほとんどありませんでした。写真も残さず、個展会場にも姿を見せない徹底した匿名性。
だが彼の作品は、1枚1枚の葉書やキャンバスに、紛れもなく“その日の温度”と“呼吸”を刻んでいます。
それは、行為の反復によって自己と世界をつなぐ、「観念の絵画」「日常の瞑想」とも呼べる営みです。
河原の美術は「見ること」より「考えること」に訴える。
そしてその沈黙こそ、現代アート史においてきわめて“うるさい”存在感を放っているのです。
河原温の作品は、見た目が非常にシンプルなため、真贋の判断が難しいジャンルでもあります。
以下の点をチェックしましょう
⚫︎ハガキ、日付絵画に本人のサインがあるか?
⚫︎美術館や画廊の展覧会カタログへの掲載があるか?
⚫︎MoMAやパリのYvon Lambert画廊などとの関係資料があるか?
⚫︎保存状態(葉書の変色、絵具の退色など)
「これ、本当に“作品”なの?」と思えるものでも、世界的に見れば美術館クラスの逸品である可能性も。まずは専門家による査定をおすすめします。