母と子、若者たちの生命を描いたヒューマニズムの画家
温かみと造形力で昭和具象洋画を支えた人間を描く力
森芳雄(もりよしお)は、戦前から戦後にかけて活躍した日本の洋画家であり、人物表現における造形の厳格さとヒューマニズムに裏打ちされた温かな感情表現で知られています。
母子像、裸婦像、青年群像など、人間の内なる生命と関係性を、単純化された形態と褐色系の抒情的な色調で描き、日本の具象画に新たな地平を築きました。
また、戦後は教育者としても高い評価を受け、武蔵野美術大学の教授として多くの後進を育てるとともに、自由美術・主体美術といった新たな動向の形成にも寄与しました。
1908年、東京市麻布区に生まれる。
1925年、慶應義塾普通部在学中に白滝幾之助から石膏デッサンを学ぶ。
その後、本郷絵画研究所、一九三〇年協会洋画研究所にて中山巍に師事し、洋画の基礎を学ぶ。
1929年から一九三〇年協会展・二科展に連続入選。1931年にはパリに留学し、翌年にはサロン・ドートンヌに入選。帰国後は独立美術協会展で海南賞を受賞(1936年)。
太平洋戦争中は東京大空襲により自宅と多くの作品を焼失。1947年より制作を再開し、
1957年に武蔵野美術大学教授に就任、1964年には主体美術協会を設立するなど、教育と創作の両面で日本の洋画界を支えました。
1997年、88歳で逝去。
森芳雄の作品は、人物を通じて“生きること”を描く具象表現に貫かれています。
母子像には母の慈しみと子の依存が、青年像には未来への希望や不安が、裸婦像には静かな生命感が、それぞれにシンプルな形態と穏やかな色調で語られ、観る者の心に深く訴えかけます。
褐色系を基調とした色使いと、抑制された線の構成は、表現の内奥にある静かな情熱と人間賛歌を象徴しています。
●《母と子》
戦後を代表する母子像。母性の温かさと時代の哀しみが交錯する代表的シリーズ。
●《裸婦》
形態を単純化しつつ、肉体の存在感を造形で追求。静謐な精神性が漂う。
●《若者たち》
青年期の群像をテーマとした作品群。未来と不安、躍動と沈黙を併せ持つ画面構成。
森芳雄の作品は、人物画・母子像・裸婦像などの主題において、造形力と精神性の両立が評価され、国内外の具象絵画コレクター、美術館などから高い関心を集めています。
特にサロン・ドートンヌ入選作と関係の深い作品や、戦後に発表された母子像の代表作は、1,000万〜3,000万円級で取引される例もあります。
また、スケッチ・デッサン類も教育・資料価値が高く、武蔵野美大関係者や地方美術館での需要も見られます。
特に以下のような条件の作品が高く評価されています。
⚫︎母子像・人物群像などの油彩作品(戦後〜1970年代)
⚫︎サロン・ドートンヌ関連作/1930年代具象作品
⚫︎主体美術協会の展示歴あり・カタログ掲載作
⚫︎武蔵野美術大学関係の指導記録・資料付き作品
⚫︎真筆サイン・裏書あり・人物画シリーズの展開が見られるもの
森芳雄の作品には、激動の時代を生き抜いた人間への共感と、その尊厳を伝えようとする静かで熱い情念が込められています。
単純化された形の中に、語られない物語が、見る者の心に静かに語りかけてくる――
それこそが、森芳雄が描き続けた「人間の絵画」の本質なのです。
写真で簡単査定/母子像・人物・裸婦・具象画すべて対応