裸婦を描き続けた色と光の叙情詩人
女性美の本質を70年描き続けた現代洋画の正統
伊藤清永(いとうきよなが)は、昭和から平成にかけて女性美を一貫して追求した日本の洋画家であり、柔らかく気品ある色彩と線の重なりで、独自の叙情美を築いた現代裸婦画の第一人者と評される存在です。
禅寺に生まれた精神性と、東京美術学校で学んだ伝統的な写実技法、そして戦後の再出発による深い人間観察を融合し、裸婦という主題に詩的なまなざしと敬意をもって向き合い続けました。
1911年、兵庫県出石町にある禅寺に生まれ、14歳で油絵を始める。
地元の恩師を通じて岡田三郎助に師事し、東京・本郷洋画研究所に学ぶ。
1929年に東京美術学校西洋画科に入学し、1931年には《祐天寺風景》で公募展に初入選。
1933年には白日会展で白日会賞を受賞し、1935年に卒業。翌年の文展では特選受賞。
戦後は裸婦制作を一から再構築し、1953年に伊藤絵画研究所を設立。
1957年からは愛知学院大学教授として教育にも尽力し、仏教壁画「釈尊伝四部作」も手がけるなど、画業の幅を広げました。
1976年、《曙光》で日展内閣総理大臣賞、1977年に日本芸術院恩賜賞を受賞。
1984年には日本芸術院会員、1991年文化功労者、1996年には文化勲章を受章。
2001年、軽井沢のアトリエで逝去(享年90歳)
伊藤の作風は、光と色彩を細やかに積層させることによって生まれる豊麗な裸婦像が中心です。
その肌の表現には圧倒的な観察と筆致の練達があり、モデルの一瞬のまなざしや静かな気配を画布に閉じ込めることに成功しています。
また、仏教者としての背景からか、どこか清澄で穏やかな精神性が漂い、俗に流れない品格ある表現が特徴。
晩年には花や風景も描き、ますます色彩と線の表情に円熟味を帯びていきました。
●《曙光》
日展内閣総理大臣賞および日本芸術院恩賜賞を受けた代表作。柔らかな光が女性の肌に降り注ぐ幻想的な裸婦像。
●《ばら》シリーズ
晩年に描かれた花の連作。絶筆となった作品群で、裸婦表現からの延長として女性的優美さを宿す。
●《釈尊伝四部作》
仏教世界を主題にした壁画。宗教性と芸術性の融合を示す貴重な大型作品。
伊藤清永の作品は、特に裸婦像を中心に高い芸術的完成度と市場価値を併せ持つと評価されています。
生前の人気・受賞歴・文化勲章受章のステータスから、真筆油彩画は500万〜2,500万円級で取引されるケースが多く、
女性像やバラの小品、水彩なども安定的な需要があります。
また、地方美術館や百貨店コレクション、教育機関からの展示依頼も多く、コレクター層・学術面での再評価も進行中です。
特に以下のような作品が高く評価されています。
●日展・白日会出品歴付きの裸婦作品(大作・受賞作)
●晩年の花シリーズ(《ばら》など)
●肖像・静物などでも女性性を感じさせる柔らかい作風のもの
●来歴・裏書明瞭で保存状態が良好な油彩
●教育活動や仏教壁画などと関連のある下絵・スケッチ資料
伊藤清永が描いたのは、単なる裸婦ではありません。
そこには、人間の内面へのまなざしと、肌のぬくもりに宿る生命への賛美がありました。
繊細でありながらも力強く、現実でありながら幻想的――
その筆には「見つめることのやさしさ」が静かに流れていたのです。
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