静謐と詩情が響き合うバロック的抒情画家
有元利夫(ありもととしお)は、日本の洋画界において異色かつ孤高の存在であり、短い生涯のなかで独自の詩的世界を築き上げた画家です。
その作品には、中世やルネサンスのフレスコ壁画を思わせる神秘的な気配と、東洋的な余白の美が調和し、観る者を静かな時間の中へと誘います。
東京藝術大学デザイン科での学びの最中にヨーロッパを訪れ、ピエロ・デラ・フランチェスカや古典フレスコに魅せられた有元は、帰国後、日本の仏画や古典美術にも接続しながら、独自の岩絵具技法を確立。広告会社に勤めながら制作を続け、30代で本格的に画業に専念すると、その才能は一気に開花します。
わずか38年の人生でありながら、絵画、版画、立体、デッサンなど多面的な創作に挑みつつも、一貫して祈りや音楽といった抽象的で普遍的な主題を探求し続けました。1981年の代表作《室内楽》は、東京国立近代美術館に収蔵されるなど高く評価され、安井賞も受賞。現在もギャラリーや美術館を中心に展覧会が開催され、再評価が進んでいます。
有元利夫の作品世界は、色数を抑えたやわらかなマチエールと、ほの暗くも透明感のある空気感によって、まるで夢と現実の狭間を描くような静謐さに満ちています。
その構成要素は極めて少なく、ただ佇む人物や、舞う花、薄明の窓辺などが象徴的に描かれることで、余白が詩情を帯び、観る者の想像力を深く喚起します。
彼が一貫して追い求めたのは「視覚による音楽」でした。バッハやヘンデルのポリフォニーのように、画面のなかに複数の感覚が同時に奏でられ、重なり合い、沈黙の中から響くものを描こうとしたのです。宗教性を漂わせながらも、教義を超えた祈りの気配をたたえるその絵画は、まさに“バロックと東洋の融合”とも言える独自の様式美です。
⚫︎1970年代前
半静かな構築の始まり
初個展では《こもりく》《重奏》《麗色》など、色彩と構成の探求が見られる作品群を発表。
⚫︎1978年
《花降る日》《古曲》が安井賞候補、前者は特別賞に詩的で象徴的な女性像と音楽的な画面構成が高く評価され、以降の作風の核となる。
⚫︎1980年代初頭
《室内楽》《朝の雲》《会話》など名作が次々と誕生
バロック音楽へのオマージュを込めた構成、温かな金や赤の色調で、彼独自の抒情世界が完成。
⚫︎1981年
安井賞受賞《室内楽》
東京国立近代美術館収蔵作品。光と空間の響きを感じさせる金字塔。
⚫︎1985年以降
回顧展と全集刊行による評価の確立
没後も、彌生画廊を中心に多数の展覧会が開催され、版画、ドローイング、立体を含めた全体像の再発見が続く。
有元利夫の作品は、絵画、版画ともに安定した評価を得ており、美術市場でも国内外のコレクターから熱い注目を集めています。
特に《花降る日》《室内楽》《朝の雲》《出現》などの代表作は、オークションやギャラリー市場でも高額で取引され、作品の希少性と完成度の高さから、次世代へと受け継がれる価値を有しています。
また、彫刻や銅版画など立体的な作品も高く評価されており、ジャンルを横断した創作活動が今なお新鮮な魅力を放っています。
静かな時間の中に、音楽のように言葉にならない感情が立ち現れる。
有元利夫の絵に向き合うことは、描かれた人物の沈黙を聴き、重ねられた色面の奥に時間の層を感じ取ることです。
彼の絵は、誰かに語りかけるようでいて、誰のためでもなく祈られた詩のよう。
その世界に触れることは、時代や技法を越えて、心の深くに在るものと出会う体験となるでしょう。