白髪一雄(しらが かずお)は、戦後日本の前衛美術を語るうえで欠かせない存在であり、具体美術協会を代表する作家のひとりです。
裸足でキャンバスの上を走り、吊されたロープを握って絵具を踏みしめたその姿は、「肉体による絵画の革命」として世界に衝撃を与えました。アクション・ペインティングの極限を体現したその表現は、ジャン=ポール・リオタールら欧米の美術批評家にも高く評価され、今日ではインターナショナルな視野で再注目を浴びています。
その作品は単なる“足跡”ではなく、闘争・舞踏・精神の痕跡です。
白髪一雄は1924年、兵庫県尼崎市に生まれました。大阪大学文学部で哲学を学びつつも、次第に絵画へと傾倒。1950年代には関西で台頭しつつあった前衛美術の動きに参加し、1955年に吉原治良主導の「具体美術協会」に加入します。
そこで彼は独自の「足による絵画制作」スタイルを確立し、一躍注目を集めました。特に1950年代末から1960年代前半にかけて、吊りロープを使って床に置いたカンヴァス上を滑走する「肉体の絵画」シリーズは、世界のアートシーンに衝撃を与えることになります。
具体解散後も、白髪はその表現を深化させ、後年には仏門に入るなど精神性への探求も行い、2008年に逝去しました。
《赤い作品(Untitled)》1957年
鮮烈な赤と黒が衝突し、足跡が渦を巻くように広がる初期代表作。吊りロープを使い、躍動する身体と絵の具の重力がぶつかり合った痕跡が、そのまま画面を支配しています。
《泥足》1960年頃
作品名に象徴されるように、足で描く行為そのものを強く意識した一枚。乾燥した絵の具の隆起が、彫刻のような存在感を放ち、白髪の絵画が“描く”というより“発掘”に近いものであったことを示しています。
《無題(黒地に銀)》1980年代
僧籍に入った後の時期に制作された作品は、色彩の対比が鋭く、より内面的な力を感じさせます。フットペインティングの技法はそのままに、荒々しさの中に凛とした静けさが芽生えはじめています。
白髪の代名詞は「フット・ペインティング」です。これは、筆を使わず裸足で絵の具を踏みしめ、全身を使ってキャンバスに痕跡を刻みつけるという独自の方法です。
この手法は、欧米のジャクソン・ポロックらのアクション・ペインティングと並び称される一方で、日本的な身体性と修行性をも併せ持っていました。制作行為そのものが「道(タオ)」に通じるようなストイックな気配に満ちており、偶然性と意志、衝動と制御がせめぎ合う作品には、唯一無二の迫力があります。
1960年代以降は、赤・黒・銀といった色彩が増え、より構築的・精神的な作風へと向かいました。
白髪一雄の市場評価は、2010年代以降、具体美術協会の国際的再評価とともに大きく上昇しました。特に欧米では“Gutai’s Pollock”とも称され、オークションでは1億円を超える落札事例も複数出ています。
とくに以下のような条件の作品は市場で高い評価を得ています
1950~60年代の「足による制作」が明確な作品
赤・黒・金・銀など、白髪特有の色彩構成がある作品
展覧会・図録に掲載されたもの(とくに「具体」時代)
サイン・制作年・裏書きが確認できる大型キャンバス作品
2024年現在、白髪一雄の作品は日本国内外問わず熱心なコレクターがおり、具体の中でも特に流通価格の安定性と上昇傾向が強い作家の一人です。
白髪一雄は、単に画面に絵具を置いたのではなく、自らの身体をもって“絵画の限界”を問い続けた作家です。その姿勢は、美術における自由とは何か、表現とは何かを私たちに問いかけ続けています。
今日、彼の作品は静かに、そして確かに、世界中のギャラリーとコレクターの間で存在感を増しています。絵画を“行為”としてとらえた先駆者・白髪一雄。その魂は、いまもキャンバスの上で跳躍し続けているのです。