元永定正(もとなが・さだまさ)は、「具体美術協会」の主要メンバーとして1950年代から活躍しながらも、他の誰とも異なる“遊び心”と“詩的抽象”で独自の道を歩んだ画家です。
グニャグニャとした線、ぷるぷるした形、にじみ、飛沫、ふくらみ…彼の作品はどれもが不思議で、思わず笑ってしまうような感覚にあふれています。
抽象絵画、パフォーマンス、そして絵本──「子どもと芸術は本質的に自由だ」という思想を体現した元永定正の表現は、現代美術を“こわがらなくていい”と教えてくれる希有な存在です。
1922年、三重県津市に生まれた元永定正は、戦後しばらくは画材店に勤務しながら油彩画を独学。その後、1955年に吉原治良の招きで「具体美術協会」に参加します。
1957年には東京画廊で個展を開催し、アメリカの美術誌『Art in America』で紹介されるなど注目を集め、具体の中でも“陽気で詩的な抽象”を象徴する存在となっていきます。
さらに1960年代からは、絵本作家・谷川俊太郎との共作『もこ もこもこ』をはじめ、多くの絵本を手がけ、国内外の子どもたちに愛される作家としても活躍。
晩年も“跳ねるドローイング”を続けながら、2011年に逝去するまでそのユニークな表現は衰えることなく進化を続けていました。
《無題(1950年代・具体期)》
透明感のある色面に、墨や油彩で描かれた不定形な形態。飛び跳ねるような筆致と、画面の“間”に独特の詩情が宿ります。
《作品(ぷるぷるシリーズ)》1980〜90年代
アクリルと墨を併用し、やわらかく膨らむような色面が画面を占める。グレー、ピンク、黒などの色彩が“微笑む”ような表情を作り出す。
《もこ もこもこ》(絵本)1977年
詩人・谷川俊太郎との共作。擬音と絵が連携し、読む者に「ことばを超えた世界」を体感させる名作。現在でも版を重ね、世界各国で愛読されています。
元永の作品は一言でいえば「抽象の中のユーモア」。具体美術の理念──「今までにないものを作れ」という吉原治良の言葉──をもっとも軽やかに体現した作家とも言えます。
彼の作品では、偶然が重要な役割を果たします。絵具を飛ばす、たらす、にじませる、跳ねさせる…。そこに「かたちにならないかたち」が生まれ、そこから「ことばにならない笑い」が生まれるのです。
また、絵本制作では「視覚と言葉の音楽的連携」を追求し、谷川俊太郎、長新太らと言語を超えた“視覚詩”を生み出しました。
彼は「意味」を疑い、「楽しさ」を信じていた。だからこそ、大人も子どもも彼の絵の前では“なんだかうれしく”なるのです。
元永定正の作品は、国内では比較的早い段階から評価されていましたが、近年は欧米の現代美術コレクターからの注目が急増しています。
特に評価が高いのは以下の作品群です
1950年代〜60年代の具体期作品(墨・油彩による初期抽象)
アクリルを使った80〜90年代のぷるぷる系カラフル作品
絵本原画やドローイング類(特に《もこ もこもこ》関連)
パフォーマンス記録に関連した作品(「墨跳ね」など)
市場価格は数十万円から高いもので数百万円単位となっており、年々上昇傾向にあります。とくに具体メンバーとしての国際評価が高まっている今、希少性のある初期作品は今後さらに価値が高まると見られます。
元永作品の査定では、「年代」「画材」「コンディション」「具体期との関連」が大きな評価軸となります。
⚫︎サインや年記があるか?
⚫︎出品記録(展覧会歴・図録掲載)があるか?
⚫︎画材のにじみ・退色・シミがないか?
⚫︎背面にギャラリーシールや由来の記録があるか?
元永作品は「一見子どもっぽく見えるが、実は極めて洗練されている」という特性ゆえ、素人目には真贋判定が難しい場合も。価値ある作品を見逃さないためにも、専門の査定が重要です。
「このにじんだ絵、捨てる前に見せてください」と、元永なら笑って言うかもしれません。