伊藤久三郎(いとう きゅうざぶろう/1906–1977)は、日本画に抽象的な表現を導入し、従来の枠を超えた独自の美学を切り開いた画家です。
彼の作品は、山や川などの風景を描きながらも、現実の再現を超えて「気配」や「空間のリズム」といった抽象性を孕んでいます。墨の濃淡、色彩のリズム、余白の美――それらがひとつの「視覚詩」として画面に結実しているのです。
戦後日本画が直面した「伝統か革新か」という問いに、伊藤は静かに、しかし確かな答えを示しました。
1906年、京都市に生まれた伊藤久三郎は、京都市立絵画専門学校(現・京都市立芸術大学)に学び、師の西山翠嶂らを通して日本画の伝統技法を徹底的に身につけました。
戦後の1947年には日展を中心に活躍し、1958年には芸術選奨文部大臣賞を受賞。1968年に日本芸術院会員に選出されるなど、日本画壇の重鎮として高く評価されました。
一方で、彼の作品は決して古典に閉じたものではなく、東洋的な空間感覚に現代的な抽象表現を融合させたもの。まさに「伝統を深化させ、革新へと導いた」数少ない日本画家のひとりです。
《山渓》
実際の山の風景というより、心象としての山の“気配”を描いた代表作。墨と淡彩がつくる構成が秀逸。
《渓流》
流れる水をモチーフに、揺らぎと律動が感じられる詩的抽象。墨の濃淡が視覚的な“音”を奏でている。
《晩年の作品群》
シンプルな線と余白で構成された抽象日本画。まるで禅の境地を思わせる静寂と気配の美。
伊藤の日本画は、いわゆる写実や細密描写とは一線を画します。山並みや渓谷といった風景のモチーフを用いながらも、形は抽象化され、墨や絵具がリズムを刻むように画面を構成しています。
特に彼の作品に見られる特徴は
⚫︎墨の濃淡を活かした“呼吸する線”
⚫︎空白と色面の緊張感
⚫︎山水や自然風景の抽象化
⚫︎リズミカルな構成感覚(音楽的要素)
晩年に向かうほど、画面は静けさと余白を深め、見る者の内面と対話するような詩的抽象へと進化していきました。
このような作風は、後の日本画家たちにも大きな影響を与えました。
伊藤久三郎は、近年「抽象的日本画」や「戦後前衛的日本画家」として再評価の動きが強まっています。彼の作品は伝統的でありながら現代的な感性と調和しており、国内外の日本画コレクターの間で注目されています。
とくに評価が高いのは
1950〜70年代の墨を中心とした作品
⚫︎展覧会出品歴のある大型作品
⚫︎サイン・印章が明確な作品
⚫︎京都画壇系の確かな由来を持つもの
価格帯はサイズや状態により幅がありますが、近年は数十万円〜200万円以上での取引も見られます。
査定時に重視される要素
⚫︎作品に署名・落款(朱印など)があるか
⚫︎保存状態(絹本や紙本の劣化・折れ)
⚫︎額装の有無と状態
⚫︎展覧会出品歴やカタログ掲載の有無
⚫︎抽象性が高く、構成が完成された作品かどうか
また、伊藤久三郎の作品は似た名前の作家との混同もあるため、真贋判断は経験のある専門家が行う必要があります。